2012.11.19
日経新聞に「経済史を歩く」というコーナーがあります。現在発生している様々な経済状況の源流を探るという企画です。
このコーナー、毎週欠かさず見ておりますが11月18日(日)の記事は「日米自動車摩擦」についてでした。
1995年の出来事。約17年前です。詳細のことは記憶が薄れており良く覚えておりませんが、橋本龍太郎通産相と米国通商代表のカンター代表との交渉だったということは覚えております。
記事を要約すると下記のようなものになります。
アメリカの要求:「日本車に使用するアメリカ製部品を増やせ。その数値目標をどうにゅうしろ。さもないと日本車をアメリカから締め出す」
日本:「それは出来ない」
最終的な決着:主要日本車メーカーがアメリカでの工場拡張政策を発表。それにより、部品発注量が増える見込数量を米国通商代表が作成、発表する。
つまり、アメリカにとっては部品発注量が増え、なおかつ米国人の雇用も確保されるということで渋々ながら、お互いが合意したということになります。
アメリカの自動車産業に身を置く人々にとっては、日本車のおかげで自分たちの給料が減るとなると、それこそ必死で日本車がアメリカに上陸するのを阻止するでしょう。
この記事を読んで思い浮かべたことは、LJAインドネシアがあるPatiの県知事選のことでした。
以前この章で「紛糾する村長選」に関してブログを記載いたしました。村長候補のパトロンたちが是が非でも立候補者を当選させようと悪戦苦闘します。当選者は天国、落選者は地獄を見ます。
そしてもちろん県知事選挙にも同じことは言えます。しかし規模が違ってまいります。
インドネシアの県知事選は「県知事+副知事」というペアーで立候補します。選挙民は「あのペアーは良い」とか「あのペアーはダメだ」とかいう判断の仕方で投票します。つまり県知事○○氏、副知事××氏ではなく、ペアーNo.1に投票しようとか、ペアーNo.3に投票しようという風になるわけです。
ちょうど昨年Patiの県知事選挙がありました。任期は確か5年間だったと思います。立候補は合計6ペアーでした。選挙期間中のPatiにいると、選挙というのはよほど金がかかるものなのだというのをつくづく感じました。
村長選と同じように、有力者の冠婚葬祭には欠かさず出席します。パトロンを集めての会合も夜な夜な行います。そして一つ面白いなと思ったのが、村で縁日を開き、演劇などを催して人を集め、「今回のこの催しはPati知事候補者Mr.○○とMs.××の企画です」とPRを大々的にすることです。
この夜店に行ったことがあるのですが、村の中で行われる夜店の割にはかなり人が多く集まり、大人でもわりと楽しむことが出来ます。こういった夜店が各村々で行われるわけです。
当然この縁日にもお金はかかるはずですが、私が「この金のかけ方は尋常じゃないぞ」と思ったのがポスターです。
こういったポスターが至る所、目につくところにべたべた貼られます。日本の選挙でもポスターを目にすることはもちろんありますが、人口当たりの選挙ポスター枚数はPatiの県知事選と比較すると、日本のそれは微々たるものではないでしょうか。
1ペアーにつき使用されるポスターがどれくらいかはわかりませんが、少なくとも数万枚単位になるかと思います。
以前この章で述べた印刷屋でポスターの値段を聞いたところ、たしかRp50.000(約500円)くらいだったかと思います。例えばこれが1万枚としても、500万円になるわけです。
印刷屋が、「驚異的に忙しい」と笑いながら悲鳴を上げる気持ちもわかります。こういったポスター一つにしても、とても個人で負担できる金額ではありません。
ここまで来ると、当然彼らを応援する団体なり企業の力が必要になります。そして選挙で当選した暁には県知事たちは、目に見える何らかの形で応援者たちに恩を返す必要があります。
そして県知事選は6ペアーの候補者にとっては絶対に負けてはいけない戦いになります。
アメリカの通商代表が米国の自動車産業に従事する人々の死活問題を背負ってたように、Patiの県知事候補者たちもまた、いろいろな人々の生活を背負っているわけです。自分に投資してくれた人々のために、絶対に勝つ必要があります。
そしてPatiの県知事選挙は・・・・。話が長くなりますので、次回へ続きます。
印刷屋にとっておいしい仕事はWarungのテント印刷ではなく、選挙ポスターの印刷のようです。
Sampai Jumpa Lagi,
Koki