インドネシア 起業の方法と銀行口座 後編


2012.11.28

以前記載したTahu(豆腐)の街Sumedangをおとといのブログの終わりに再び持ち出してしまいました。

”Tahu Sumedang”のラップヒップホップがこのブログを書いて以来頭からなかなか離れず、再び書けば頭からは離れるかと思いきや、ますますリズムに乗ってきました。風邪を人にうつせば治るというのと同じわけにはいかないようです。

ちょうどラップのリズムと寒さのふるえが同じタイミングでおこるためか、駅での待ち時間もあまり苦ではなくなりました。2年前、ちょうどこんな寒い時期インドネシアで起業をするためいろいろと準備をしていた頃のことを思い出します。

先般のブログで銀行口座をいかにしてインドネシアで持つかという話をいたしました。KITASなどインドネシアで居住が可能なビザが取得できれば口座も持てる、というところまで記載しております。さて、今日はこの話の続きです。

どこかのインドネシアの会社に無理やり就職すればKITASを取れる可能性はありますが、その会社が外国人を雇う場合、インドネシアではいくつか規制があります。まずは資本金がRp500.000.000(日本円で約500万)以上あることです。

インドネシアで会社を登記する際、日本と同じく資本金をNotaris(ノータリス=司法書士兼弁護士)に申請します。ところがインドネシアでは日本と違い銀行の預金通帳を提示する必要はありません。ただ単に自己申告すればOKです。

一般的な株式会社であるPT.(Perseroan Terbatas=Company Limited)の資本金はRp50.000.000、Rp100.000.000、Rp500.000.000と3種類あります。登記時にはそれぞれどれか1つを選ぶことになるのですが、会社の業務内容で選べる資本金が決まっているようです。外国人を雇うことが出来るのはRp500.000.000の会社だけになります。

税金の支払い方法等でいろいろ細かい決まりはあるようですが、私自身さほど詳しくはないのでここではコメントが出来ません。ちなみに相棒のイカサンと設立したLJA インドネシア(PT. LINTAS JAYA ABADI)は、当初Rp50.000.000で申請をしたところ、Notarisから「Rp100.000.000で申請してくれ」といわれその通りにしました。どうやら貿易会社という業務内容ですとRp50.000.000では登記が出来なかったようです。

少し話がそれましたが、つまりKITASの取得を目的として就職をする際には上記のような条件、つまり「外国人を雇うことが許可されている会社」を探す必要があります。そしてその会社に日本人を雇う為の理由が必要です。しかし残念ながらそれはほぼ不可能に近いものになると思われます。

そこでインドネシアに渡る際に私が考えたのが、自分でインドネシア人のパートナーを見つけ、その人に会社を設立してもらうことです。もちろん外国人を雇うことが出来る内容の会社です。

以前、この章で私は「バイクの部品ではない別の製品を売っていた」と記載しました。それはBalsam(バルサム=メンソレータムのような塗り薬)というものでした。実はこのBalsamを製造する会社を当初インドネシア人のビジネスパートナーと設立したのであります。そしてそれをPasar(市場)で売り歩いていたのです。最初に作ったこの会社は私がKITASを取得できるよう、外国人を雇ってもよい条件の会社にしました。

そうすると理論上はKITASがもらえます。もちろんその会社の社長はビジネスパートナーであるインドネシア人である必要があります。外国人はPT.の社長になることは出来ません。

とはいえ、ビジネスのハンドリングは私自身が行います。つまり形の上では雇われ外国人なわけですが、実権は私が握ることになります。そういった覚書をビジネスパートナーと取り交わしをすれば、めでたくKITASを取得でき銀行口座を持つことが可能になります。

そして日本からインドネシアの自分の口座へ送金することもできます。理論上は・・・・。

ところがここで一つ問題が持ち上がります。「もしこのビジネスパートナーとうまくいかなかったら?」ということです。この方法はビジネスパートナーとの関係が良好である限り有効な手段であると思われます。しかし仮にそのインドネシア人がこう考えるとしましょう。「会社を作れば日本人はもういらない」と。

もしくはKITASを取得した後何等かのトラブルがビジネスパートナーとの間で発生した場合、彼はこういうでしょう。「あなたを解雇します」と。「覚書を交わす」ということを書きましたが、このような状況になれば覚書など何の役にも立ちません。

・・・・。

「KITASを取得する前にこのことが私の身に起こって良かった」というのが私の正直な感想です。つまり、当初のインドネシア人パートナーと私の関係はもろくも途中で崩れ去ったのです。相棒のイカサンとビジネスを始めたのはそれからしばらく後の話になります。

おそらくKITASを取得してしまったあとで、ビジネスパートナーともめ事が起こった場合かなり面倒なことになっていたのではないかと思います。今は詳細のいきさつに関してブログで書くことは難しいのですが、こういった失敗談も少しずつブログに書いてまいりたいと思います。

昨日イカサンから連絡がありました。少し興奮していた様子でした。「実はJuwana(Patiの隣町。漁港として有名です)でビジネスがあるんだよ。沈没船を引き上げるって話さ。ほら、昔ここら辺は中部ジャワの王国があって・・・・・・etc」。

Tahu Sumedangの有効活用をその時思いつきました。イカサンの与太話に合わせてリズムを取るのです。そうするとこのラップヒップホップがちょうど良い怒りの中和剤になることが分かりました。

P.S.

そういえば肝心の日本からの送金方法ですが、結果的に合法的な送金方法を見つけることは出来ませんでした。そのため私は現金をインドネシアに持って行き、ジャカルタでインドネシアルピアに換金しました。

Sampai Jumpa Lagi,

Koki